兼子利光「隅田川メモ」

 はじめに

 

 隅田川については、文学作品のみならず、映画・テレビなど様々な媒体で取り上げられていて、その文献・資料のなかには「枚挙にいとまがない」と断っているものが少なからずあって、それこそ隅田川についての言説は枚挙にいとまがないと言っていい。したがって、ここでは個人的なメモ書きを超えるものはほとんどないかもしれないし、参照している文献・資料も少なく、個人的な偏りもあるにちがいない。それでも田山花袋が言うように「ロンドンにおけるテムズ川、パリにおけるセーヌ川」に比すべき、東京における隅田川の人々をとらえる、不可思議な魅力について記してみたいと思う。(兼子)

深川・洲崎神社近くの大横川。昭和10年頃、吉本隆明少年は門前仲町の黒船橋際で父が営んでいたボート店の貸しボートを漕いで掘割りの奥へと繰り出し、窓辺の洲崎の遊女から「歓迎」の言葉をかけられたのはこの辺りだろうか。(写真提供 兼子利光))*写真は拡大して御覧いただけます。

清洲橋のたもとから。近くからは鋼鉄製の重量感が感じられるが、ライトアップされた姿は優美である(写真提供 兼子利光)*写真は拡大して御覧いただけます。

現在の「灯の都会」を流れる夜の隅田川。左岸からの俯瞰した眺望で、手前がライトアップされた駒形橋、後方に厩橋が見える」 (写真提供 兼子利光)*写真は拡大して御覧いただけます。

手前は吾妻橋、下流に見えるのが駒形橋。万葉時代は、左岸には砂州が拡がり、東京湾の波も打ち寄せていたのだろうか。(写真提供・兼子利光)